仁義ある戦い〜2011年原子力編〜

若頭が口を開いた。

「お前ら、本日集まってもらったのは、この前始まったクソ暴力団排除命令についての傾向と対策を共有したい。みんなも知ってのとおりこのままじゃあ俺たちのシノギがまったくなくなっちまう。俺たちの存続の危機だ。そこでだ、これからどうやって飯を食っていくか話し合いたい」

大広間には全国から組織に所属するヤクザの組長が集まっていた。

「それじゃあ、八代目お願いします」

若頭がうながすと、ひときわ目つきがするどく他を寄せ付けない雰囲気を漂わせた男が身を乗り出した。この日本有数の5万人の組員をかかえる暴力団のトップに、出席者全員の目線が集中した。

8代目の口が開いた。

「今日で暴力団の看板を下ろそうと思う」

会場は怒号のようなざわめきが広がった。古参の幹部が叫んだ。

「八代目、看板を下ろすってどういうことですかあ。組を解散するってことですかあ」

「まあ、あわてるな」

8代目が静かな口調で言った。

「今日から暴力団あらため、原子力団になる」

会場はさらにざわついた。すると末席にいた若い組長が声を上げた。

「さすが八代目!。暴力をごまかすために、原子力を使うんですねえ」

8代目に再び視線が集まった。首を大きく振って一言。

「アホか」

別の組長が知ったかぶりの口調でこういった。

「いよいよ我々は、原子力を使って世界征服にむかうんじゃ。これからはグローバルじゃけんのう」

みんなそいつが嫌いだった。
そして、8代目の次の言葉を待った。

「いいか、お前ら。わしらはいま大変な危機を迎えている」

「お前らも、知ってのとおり、今この国は福島の事故と原子力行政で大変なことになっている。いいかあ、わしらのシノギはお国の平和があっての話だ。平和があるから揉め事が生まれる。だからわしらの食い扶持がある。お国が終わっちまったらもともこうもねえ」

暴力団排除命令なんてのは小さな話だ」

8代目の低く響く声は、会場のざわついた空気を徐々に吸い取っていった。

「わしは最近、心配で眠れんのじゃ。このままいったら大変なことになるような気がしてよう。最近のもう原発事故は終わりに近づいてるっていう安心した空気が特に気にいらねえ」

「人の噂も75日だか、のど元過ぎれば熱さ忘れるだか、しらねえが、安心しちゃいけねえ。わしがお前らにいつも言っていたように、忘れたころに抗争は起きる。出入りの準備をおこたっちゃいけねえ」

「お国がいう冷温停止なんて言葉に安心しちゃいけねえ」

「そこでなあ、わしは考えた。わしらが暴力団から原子力団に看板を変える事で、庶民が原子力の恐ろしさを忘れねえようにしてやろってわけだ。逆療法ってやつよ」

出席者は、まるでハトが水鉄砲をくらった状態だった。8代目は続けた。

「そしてわしが今日、みんなに考えてもらいたいのは、原子力に反対する、賛成するというような2つにひとつの話じゃねえ。これからこの原子力とどう付き合っていくかという話だ。」

そして、8代目はため息まじりの小さな声で付け加えた。

「もう、原子力(発電)しちまっているわけだからなあ」

「実はわしはこの前、塀の中にいたときに、偶然「原子力の恐怖」っていう本を読でんだあ。やることねえからなあ。」

(8代目、ご苦労おかけしました)若頭は心の中でつぶやいた。

「その本になんて書いてあったと思う?原子力ってのは便所のねえ超高級マンションだってあったんよ。どういうことかわかるかあ?立派で綺麗なマンションだけどなあ。クソができねえってことよ。おまえらそんなマンション買うか?おー?買わねえよなあ」

原子力発電でクソにあたるのが、放射性廃棄物のことよ。発電すると必ず出るのよ。これを流す場所がねえってことよ。処理できねえってことよ。」

「それでなあ、この放射性廃棄物の処理ってのはなあ、低レベルと高レベルってあってなあ。低レベルっつたってわしらよりこえーぞ。すぐタマとリに来るからの。じゃがの、問題は高レベルの方はよ。これはどうしようもねえ」

「どうしようもねえってのはなあ、一度出たらどこかに仕舞うしかねえってことよ。オレはなあ。せんだって、「10万年後の安全」つうフィンランドの映画見たのよ、高レベル廃棄物をどうするかって映画でなあ。そこでなあ、このクソの処分する場所のこと何て言っていると思う?オンカロってなあ、日本語にすると隠し場所つうんだよ。いいかおまえら、いかに10万年間、人様に見つからないように隠すかってことだなあ。見つけちまったら大変なことになるからなあ。おめえら10万年だぞ。」

暴力団対策なんてくそみたいなもんだ。」

吐き出すように付け加えた。

「10万年なんつう年月つきつけられるとなあ。おめえ技術がどうのこうの言ってられるか?誰かこりゃあ大丈夫ですぜって証明できっか?おー?。そんなもん、もう関係ねーんだよ。問題はうまくいくことを「信じるか」「信じないか」っつう話よ」

「おまえらにも家族あるだろう。自分の子供やなあ、そのまた子供やなあ。そういう風に人間っつうのは脈々とつながってんだろう。おれたちがいちばんでーじにしている仁義ってやつもそうやって受け継がれてんだろ。ところが今どうしたらいいかわかんねから、とりあえずどっかに隠しちまって将来の世代によろしくってんでさあ。おめー納得できるか?いつも言ってるだろ自分のケツは自分で拭けって」

会場からしぼるような声があがった。

「おれにゃできねえ。自分の子供や孫に、自分のケツはふかせねえ」

8代目が続けた。

「そうよ。それが任侠のルールってやつよ。」

「でもなあ。もう原子力発電やっちまってるんだ」

と、ため息とともに続けた。

「だからなあ、わしらあ、決めなきゃなんねえ。この出しちまったクソをどうするかをなあ。反対だあ、賛成だあ言っている場合じゃねえのよ」

「でなあ。これを決めるのがお国よ。だからわしらが名前を原子力団に変えて圧力かけてやるんよ。ちゃんと決めなきゃいけねえ」

「ところがなあ。いまのお国はどうしたらいいかわかんなくなってんじゃねえかって思うのよ。つうかなあ。決められんっと思ってるんよ」

「おまえらなんでかわかるか?」

壁にかけてある時計だけが、カチ、コチと時をきざんだ。

「信用がねえのよ」

低く重い声が8代目の口から会場に響いた。

「おまえらが、こうしてオレのもとに集まってくれているのも、すくなくともワシを信じてくれているからだなあ。それでお前ら地元へ帰えりゃ、また子分どもがお前らのことを信じてる。だからこうして全国5万人の組織になってるつうわけだ。信頼がなきゃ、なにも決められねえし、その前に組織になんねえ」

「ところがだあ。今のお国は完全に信頼がねえ。大丈夫だ。安全だあってあんだけ宣伝しといて、でっけー事故おこしたわけだからなあ」

「みんなお国のいうことなんざ信じちゃいけねえと思っているわけよ」


「こんな状態になっているのによ。財界だかなんかのえれーやつが出てきてはやく原子力発電しねえと、日本のけーざいがダメになるとか、雇用がなくなるとかいまだに言ってんだろう。いま言うんだから、事故の前はもっとそうだったにちげえねえよな。だからどうしても原子力発電ってやつあ・・・。儲けることのほうが重くなって安全審査とか甘くなるわけよ」

「でもよ。事故の前は安全だとみんな思ってやってきたから、誰も文句いえねえのよ。組織作ったり、規則作ったりしてな。教育してたからなあ。」

「でもなあ。どんな規則つくてもな、審査甘くしたら終わりじゃねえか」

古参の幹部が口を挟んだ。

「今ままで暴対法とか今度の排除命令もよ。結局、警察がどう使うかってことですか」

8代目が続けた。

「そうよ。おめえらも困ったときに、金わたしゃなんとなるデカのひとりやふたり知ってんだろう。規則なんてのは人が扱う限り、完全なんてことはねえのよ」

「それによ。問題は組織だ。ワシらも大阪で下手こいても、奈良に逃げりゃどうにかなるだろ。大阪府警奈良県警が縦割りで協力しあわねえからなあ。原子力もそれとおんなじよお」

「話変わるが、せんだってワシの女に手ーだしたもんがこんなかにいるじゃろ」

8代目がギロっと出席者をにらみつけた。すると1人の男がさっと前に出て「すみません」と言いながら、懐からドスをとりだし指をつめようとした。

「まあ、まて」

8代目が制止した。

「こんな席だ。今日は許す。わしが言いたかったのは、ワシらの組織ってのは、こうやって必ず誰かが責任を取ることで、モラルが守られるつうことだ。ところがだ。原発を管理する組織に問題があっても自分から責任とるやつはいねえ。隠すだけだ。」

「それによ。オレが頭にきているのは、例のやらせメール問題よ。これもよ。電力会社と利害関係者がくついてよ。儲けのために安全を軽く考えている話だけどもよ。問題はそれだけじゃねえ。田舎の日本人のよ。まあまあ仲良くやりましょうっていうよ。筋がねえつうか。俺たち任侠に一番理解できない文化的っうか、歴史的な話があるんじゃねえのかよ」

「こういう昔からのやり方はなくなんねえ、だからよ。こういうのがあっても安全だっていうくれえのよ。みんなが信頼できる話になってねえと、また、原発をまた動かしてもいいなんて話になるわけねえだろ」

「あとよ。再稼動の話しているとよ。すぐ地元が、地元がって言っているだろう。あれもおかしくねえか。もう地元関係ねえだろ。事故がおきたら国中大変なことになるって、福島が証明しちまっただろ」

「わしが読んだ本だとよ。アメリカにゃNRCっていう数千人の組織があって、そこが原発管理してるつうのよ。日本は数百人でやっているておかしいだろう。俺らの組織が5万人もいるのになあ」

8代目がニヤリと笑った。

「日本にもよ。少なくとも数千人の対応できる組織作ってよ。規則とか厳格に運用したり、昔の慣習とかにふりまわされないようなよう。そうなってからはじめて再稼動するかどうかって話になるんじゃねーのかよ」

「おい、筆と墨もってこい」

8代目が声をかけると、若い衆が数人、大きな半紙と筆と墨を用意した。8代目が筆をとった。出席者の視線が筆先に注がれた。

半紙には「原子力発電所=原子炉+使用済み燃料」と書かれた。
そして8代目が再び話始めた。

「やろうども、これがオレの考えた方程式だ」

「おめえら、福島の事故で一番こえーもの何か知ってるか?それはなあ。4合炉の使用済み燃料プールよ。何でかっつとなあ。そこにある燃料棒は裸なんだよ。まだ1号〜3号はまだ格納容器ってやつに守られているけどなあ。それがねえ。水がなくならりゃ。一気にメルトダウンして、東京も壊滅よ。つまりなあ。いまの日本の平和なんてのは、誰がやってくれたかしらねえが、4合炉のプールをひやしてくれているやつらに支えられているのよ。」

「もう1回でかい地震がきたらドカーンよ」

みんな息をのんだ。

「でなあ。問題は他の原子力発電所の燃料プールがどうなっているかって話よ。驚くなよ。みんな裸なんだよ。おまえらもそこで裸の女が寝てたらどうするよ?やるだろう。テロもそうよ。もしテロに襲われたひとたまりもねえ」

「わしらが全国5万人でどっかの原子力発電所に襲撃しかけてみ。日本征服もゆめじゃねえ。おまえらわしに命預けているからなあ」

8代目はみんなをにらみつけた。

「じょーだんだよ。で、問題はそこからだ」

「実はなあ、もし原発を再稼動させても、この全国の燃料プールはすぐ一杯になっちまう。つまり、事故がなくても止めざるをえねえ」


「それでなあ、この使用済みの燃料棒をもう一度再処理して、再び使う計画があってな。低レベルの放射性廃棄物六ヶ所村で処理するとかな。お国はいろいろ言っているが。わしに言わせると、ごまかしだな」

「高レベル放射能廃棄物は結局、どうするかわからねえ。だからとりあえず置いておいて、次の世代に考えさせようとしているのよ」

「おめえら、この原子炉から出たクソを、うちのシマにうめてください。なんてやついるか?おー?そんなやついるわけねえだろう。結局引き取り手なんてねえのよ」

「福島から出た汚染土壌は、東京ドーム23杯分だ。どこ持ってくのよ?」

「福島を廃炉するって言ってるけどよ。世界中で事故後、廃炉に成功したなんて国はまだねえのよ。スリーマイルもまだ終っちゃねえ。チェルノブイリは放置よ。未知の世界よ。この廃炉から出る高レベル廃棄物どうすんや?ドロドロや」

「これは先にのばせねえ。すぐ解決しなきゃなんねえ」

もうこの会の出席者の中に暴力団排除令のことを頭に浮かべるものはなかった。
そして、8代目は深く目を閉じた。
 
「もっとつれえ話をしなくちゃならねえ」

「それは、世の中にたれながしちまった放射能よ」

「いまみんなで除染してんだろう。あれはなあ。生活する場所から放射線を取ることはできてもよ。生態系からぜったいにとれねえ」

「生態系ってものがあってよ。わしらの世界で言えば、強いものが弱いものに勝つように、ちいせえ動物がだんだんでけえヤツに食われるのよ。そうするとそのあいだ、だんだん放射性物質が濃縮されていくわけだ」

「それを食品汚染のこえところよ」

「これがやっかいなのはよ。出口チェックしかできねえのよ。だからダメなやつがあってもすり抜けるヤツがでてくる。長い間たつと次第に人間の体に蓄積されるかもしれねえ。あとなあ。ストロンチウムってのはなあ。検出すらむずかしいわけよ」

「あんだけ汚染水海に垂れ流したろ。どうすんだあれ?あとなあ。注水した水の量とたまっている水の量に差がある。つまりよ。どっかに汚水がながれこんでるのよお」

「史上最悪といわれたチェルノブイリの事故でもよ。まだ健康被害の状況がよくわかってねえのよ25年たってんだぞ。」
 
「せんだってアカデミー賞もらったチェルノブイリ・ハートっていうドキュメントがある。周辺の子供たちが心臓病でなくなるわけよ。これが事故の影響だとするとてーへんなことだなあ」

「あとなあ。この放射能ってのは目にみえねえ。だから体の病気より、心の病気が増えるわけよ。病は気からだからな」

「心の病気は、食べ物に神経質になりすぎたりよ。子供の心配しすぎたりよ。でも誰も文句なんていえねえ。何がおこるかわからねからなあ。だからよ。こういう心配にかかるコストはみんなで負担するしかねえのよ」

「福島の米が売れなきゃ、わしらが守るしかねえのよ」

出席者の中から、パチパチと小さな音が聞こえた。そして、しばらくすると会場内は割れんばかりの拍手につつまれた。

8代目がみんなの気持ちを確認するように話を続けた。

「ここで、信頼の話に戻る」

「いいかあ。信頼がねえと、みんな何がなんだかわからねえことになる」

「そうすると、何もきまらねえ。金はどんどんかかる」

「でもなあ。残念なことにこの問題は、わしらだけではどうにもならねえ」

「お国にうごいてもらわなきゃなれねえ」

「でも、いまのお国が信頼できるかというと、どうもそれは無理だ」

「一度なくした信頼は、大臣が変わったくらいじゃ取り戻せねえ」

「だからな、1日もはやく信頼できるお国にするしかねえ。信頼がねえと何もきまらねえ」

若い組長が声を上げた。

「どうすりゃいいんですか?」

8代目が答えた。

「選挙よ」

「次の選挙でわしらが信頼できるお国をつくるしかねえ」

「いいかおまえら、次の選挙までに誰がこの原子力の問題にどういう答えをもっているかしっかりみておくってことだ」

「そして、選挙にいくんだ。わしら全国5万人の票を集結させるんじゃ」

「わしらヤクザもんにも、選挙っていう新しい武器があることをみせてやるんじゃ」

「わしらなげーこと、お勉強したくねえやつとか、金のねーやつとか困っているやつを受け入れてきた。ある意味それがワシらの存在意義だったかもしれねえ。そろそろそこから脱しなきゃいけねえ。これからは戦うのよ。日本を守るつう、仁義ある戦いよ」

会場内からは「おおおおおお」という大きな唸り声がおこった。
「やってやりやすぜ」という声がいたるところで聞こえた。

数日後、この暴力団組織の事務所に大きな看板がかかげられた。

NPO原子力団「○○組」

@ankeiy

#このブログはフィクションであり、登場する団体や組織はすべて空想のものです。原子力の問題をわかりやすくお伝えするために昔見たヤクザ映画から貧しいイメージをふくらまさせていただきました。また、原子力に関する記述に関しては、原子力と環境の専門家である田坂広志・多摩大学大学院教授(元内閣官房参与:事故直後担当)が先日行った講演の内容を参考にできるだけ正確に書かせていただきました。(だから、変な質問してこないでね。いちゃもんもね)