バカにされるエネルギーは先見性をはるかに超えるという件について

何か商売をスタートするとき、それをはじめるタイミングがすごく大切だというのは間違いないと思います。よく「流行の一歩先くらい」がちょうどいいって言いますしね。あまりに早くスタートしてしまうと、まだ市場が立ち上がっていないから失敗するし、遅れると先に誰かに果実を奪われてしまうというイメージなんだと思います。

ぼくもこの事業のタイミングを当然すごく意識してきました。たとえば今手掛けているネット広告のサービスも、まずネットユーザーが育って、Webコンテンツが増えてそこで事業を展開する広告主が増えて、はじめて「それじゃあ、広告でも利用してみるか」となるわけで、早く始めすぎると「あれ、市場がないぞ」ってことになるわけです。ぼくたちがアフィリエイト広告の仕組みを引っ提げてネット広告市場に参入したのは、2000年ですが、実際に市場が立ち上がった感触を得るのは2002年過ぎです。2年間は亡霊のようにさまよっていましたw市場が立ち上がった最大の理由は孫さんたちが火蓋をきったブロードバンド(ADSL)の使い放題のインターネット接続サービスが全国にいきわたり、楽天をはじめとするECビジネスが成立し、ようやくネット広告という話になったからです。

「ちょっと早すぎましたね」っという話は業界ではよくある話で、スタートが早すぎたために時代が追い付いてこれなかった。結果まったく儲かりませんでした。こういう昔話は酒のつまみにはいいんですが、ただそれだけですwそれじゃあベストのタイミングではじめることができれば、商売はうまくいくのかというと話はそう単純じゃないというのが今日のブログのテーマです。

ぼくは1994年にインターネット接続サービス「リムネット」の立ち上げに参画しているのですが、その時、マーケティングや広報全般を取り仕切っていました。サービス開始前からすごく意識したのは「日本初」というメッセージです。1994年当時、電話回線を利用してダイヤルアップでインターネットに接続できるサービス(後にプロバイダーと呼ばれるようになります)は既に1社ありましたが、とても高額で、一般人が利用できるようなものではありませんでした。そこで我々は3分間10円で利用できるという低額従量課金のサービスを「日本初」でスタートするわけです。これは大変受けました。あっという間に会員1万人をこえ、日本最大規模のプロバイダーになったわけです。もちろん、その道筋は平たんではありませんでしたがw。日経新聞日経BP系の雑誌にまだインターネットという言葉がほとんど登場しない時代ですから、取材もたくさん受けました。とにかく「日本初」を引っ提げて注目を浴びたわけです。ニュースリリースを出すと、新聞にどんな風に紹介されるのか翌朝は楽しみだったものです。

(余談ですが、先日、とあるお店で買い物をしてレジで並んでいると、前に並んでいた人が、会員登録か何かでメールアドレスを記入していて、ちらっと見えてしまったんですが、アドレスのドメインが、st.rim.or.jpでした。これリムネットが最初に設定したドメインです。ということはこの人20年以上リムネットを使っている人だということで、思わず声をかけそうになりました。そう、驚くことにwリムネットはいろんな会社を転々としながらまだサービスを継続しているのです)

ところが、このリムネットもあっという間に大資本が参加するレッドオーシャンに飲み込まれます。その後は皆さんもご存じのとおりNTTやKDDIという通信キャリア、あるいはソフトバンクという新規参入があり、一気に市場は寡占化していきます。TVでどかどかCMされて、街角でタダでモデム配られたらかないませんよね。リムネットは先見性もありベストのタイミングで市場に参入したはずなのに、その知名度や競争力を維持できたのは、結果としてわずか数年でした。(その後は表舞台から去るわけですが今日もサービスが続いているというのは、通信事業いう会員ストックビジネスが堅牢なモデルであることがわかりますw)

世の中では、リムネットのような話は山のようにありますよね。何かしらのきっかけで新しい時代が動きはじめたとき、そういう新しいことに敏感な連中から行動力がある一部の人間が立ち上がる。そして注目を浴びるがやがて市場ができ競合が生まれ、強いところが生き残っていく。まあこれが資本主義経済ですよね。たとえタイミングよく市場参入できても、先見性があってもそこで得た競争力っていうのは案外続かないわけです。たとえゼロから始めてキャズムを乗り越えたとしても。そしてその早くはじめる強みはソーシャル時代に入りさらに弱くなっていると感じます。グロースハックとかネットワーク効果とかどうもそっちに気を取られ過ぎているような気もします。

それでは、ビジネスの継続性や競争力を高めるために何が必要かという話です。結論か言うと「バカにされるエネルギー」がすごく重要だと思います。この量と期間が長ければ長いほどその事業は強くなると思います。例えば、いまでこそ世界の小売りの頂点に立とうとしているアマゾンですけど、創業から10年あまりは「利益の出ないビジネス」とさんざん投資家やアナリストからバカにされてきました。社会からそのやり方じゃあ儲からないと烙印を押されるような状態ですよね。もちろんECビジネスは新しいビジネス形態ですからそれなりに注目されるわけですが、アマゾンがバカにされるたびに、競合として参入する企業はアマゾンと同じことはしないようにしようということになるわけですw極め付けはITバブル崩壊前後にアマゾンは自社で倉庫を抱え、在庫を持つ方向へ大きく舵を切ります。赤字でまったく儲かっていないのにさらにとんでもな投資をして在庫を抱えるなど世間からみたらまったく不思議な話でした。せっかく無在庫のネット企業の身軽さを自ら捨てるわけですから。これまた社会から「バカの烙印」を押されるわけです。競合はそんなアマゾンを見てバカだな、あの企業とは同じにならないようにしょう、と思いますよね。ところが現状を見れば明らかなように「バカだな」と思われることが、アマゾンという企業のその後の長期的な競争力になっているわけです。

同じようなことは日本でもたくさんあげられます。例えば楽天楽天以前にもモールビジネスを立ち上げたベンチャーはありましたがどこも上手くいっていませんでした。さらにモール型のビジネスは極めて近い将来に競合ECがひしめくことでモール内競争が発生し、撤退が増え、ビジネスの天井は近いだろうという見立てをする人もかなりいました。当時、モールビジネスは儲からない理由を探す方が簡単だったといえるでしょう。そのおかげでやはり社会から「バカにされるエネルギー」をかなり得ていたのだと思います。ところが、現実はモールが大きくなればなるほど集客力を高めることになり、まるで横浜中華街や秋葉原のような発展をしていくのです。気が付いた時は誰もなかなか追いつけない位置づけになっているわけです。もちろん、戦略の組み立てには三木谷さんならではのアイディアがたくさんあったと思いますが。これは大きなトレンドの話です。例えば、カカクコムもそうです。カカクコムの創業者ははじめ秋葉原パソコンショップを回ってパソコン価格を調べそれを手入力してデータベース化していくわけですが、このデータベースを入力している姿を見てみんなどう思ったかというと、「バカだなあそんなことして」だったと思います。そのビジネスのやり方を見て「よし、俺もやってみよう」という人が長い期間いなかったわけです。今でこそ立派になったカカクコムを見て、やっぱりデータベースビジネスだよなあとか後付けでストーリーを語る人はいると思いますが、2000年前後の「バカにされるエネルギー」は巨大だったのだと思います。

バカにされるエネルギーが大きければ大きいほど、期間が長ければ長いほどその企業の競争力は高くなり、必然的に競争力がアップするはずだ。というのがこのコラムの趣旨ですが、そういう話をすると、ビジネスを大きくするための資金や人材はどう集めるのだという話になります。そうです。そんなバカにされるような企業に「金」や「人」は集まらないという問題です。しかし、これは心配に及びません。一握りの理解のある投資家が存在すればいいのです。バカにされるような現在の先にある夢を語れる経営者がいればいいのです。

もうひとつ、バカにされるようなビジネスがなんで利用者の支持が得れるのかということも疑問ですよね。それはひとえにそういう経営者は自分たちの利用者のことを徹底的に見ているからです。社会全体を見ているわけではありませんw社会(マスメディア、アナリストや株式市場)から見ると、一見不合理に見えるようなことも、経営者としては大まじめに自分の顧客をどう喜ばせるかという一点に合理的にフォーカスされているわけです。結果として、この社会と顧客の意識のギャップが、ライバルの戦意を喪失させ、圧倒的な競争優位を生むのだと思います。

時代のあだ花のようにパーと華を咲かせる事業はあると思いますし、先行者利益というのも当然あると思いますが、事業にとって大切なことはやはり継続すること、つまりは自分の市場で競争力を維持することなではないかと思います。そうでなければ、雇用して多くの人々を巻き込んでいく本気の覚悟なんて経営者になかなできるもではありません。事業にとって先見性よりタイミングより大切なことは、自分が未来に信じる世界感を社会からどんなにバカにされても、じっと顧客のことを見ながら、間違いに気づけば修正しながら、持ち続けるエネルギー(ビジョン)なんだと思います。

年始にウォーレン・バフェットさんの本を読み返したのですが、バフェットさんははっきりと「投資は長期の競争力が極めて重要なので、売上より営業利益率だ」と言っています。つまり、たとえ売上が縮小傾向でも営業利益率(つまり市場における競争力)が維持できれば、その企業は彼の投資候補となるということです。そしてバフェットさんがCEOとしてバークシャーハザウェイを何十年も成長させてきたのは、この「売上より営業利益率」だという考えと、その投資の成功確率を上げるために、この競争力を左右するリスクができるだけ少ない企業を選別して投資してきたということだということです。ある意味、マイクロソフトインテルのようなスター企業に何で投資しないんだとパフォーマンスが悪いときにバカにされながらも、そんなことをどこ吹く風で自分のやり方を何十年もやり通してその競争力を維持してきたんだなあとあらためて思いました。

ちょっと長くなりましたが、みなさん、2017年もバカにされながら、コツコツがんばりましょうw

@ankeiy