2018年、ようこそゲーミフィケーションの世界へ。

「や、やったー」朝のラッシュで賑わう改札で、サラリーマン風の男が興奮を抑えられず叫んだ。みんなの注目が電車の発車時刻を示す電光掲示板の下のスロットに集まった。緑のLEDでかたちどられれた数字がクルクルと回り始める。駅全体が息を呑んだ。数字が静かに止まる。電光掲示板には10,000,000という数字表示された。と、同時に「うぉー」という低い歓声が張り詰める空気の中で響きわたった。「1000万円が当たったのだ」男は満面の笑みを浮かべ管理事務所に向かった。


最近、確実に電車利用者が増えているという。というのも乗降客はこの高額当選システムが目当てだからだ。スイカパスモなどにこのシステムが導入されてから既に1年がたつ。カードで改札を通過する瞬間、抽選システムが作動し、当たりくじを引くと改札でブザーとともに大当たりの文字が表示される。すると、目の前の電光掲示板で再抽選され、当たりの金額が、なんでも鑑定団の金額表示のように一桁から表示される。当選金額は最低1000円、最高1億円だ。この仕組みが人気を得ている理由は、当たった本人だけでなく駅中の様々な場所に設置された電光掲示板によって、駅にいる人たち全員がこの抽選状況を見ることができるからだ。まるで、ラスベガスのカジノにいるように。


鉄道会社がこのゲーミィフィケーション・システムを導入した理由は、ネットの普及によって在宅勤務が増え、乗降客が減少するという状況を打破しようと考えたからだ。作戦は成功した。電車の利用客が増えただけでなく思わぬ副次的効果もあった。それは長年取り組んでもなかなか実現できなかった時差通勤の実現だ。ラッシュ時の当選確率を他の時間より低めに設定しただけで人の流れが分散した。これによって鉄道会社は車両への投資や労務管理を効率的に行えるようになっていた。


いまや街にはゲーミィフィケーションが溢れている。最近では信号機ですら青で渡ると、手持ちのスマホにポイントが付与されるシステムが開発されて、赤信号で道路を突っ切る歩行者はほとんどいなくなった。と、警察庁交通局が胸を張った。ただ困った事案もいくつか発生してマスコミを賑わせている。そのひとつが竹屋の食券販売機問題だ。同社が導入したゲーミィフィケーションは食券販売機で抽選が行われ、当たりが出るとグレードアップできるシステムなのだが、並を食べたかった人に大盛りが当たってしまうため、無理矢理食べた人が肥満化するというクレームが消費者庁に多く寄せられた。こうした中、クレームにいち早く対応したのが、「富士山そば」だ。同チェーンも当初、NTDデータが開発した竹屋と同じシステムを利用していたのだが、クレームを受けてすばやく中止し、割り箸を使った仕組みに変更した。同社は割り箸をあえて「きちんと真ん中から割れる」「片側が大きく割れる」「割れない」という3種類用意して、真ん中から割れると「両思い」片側が大きく割れると「片思い」、割れないと「恋愛どころではない」というメタファを持たせた。しかも割れない割り箸を引いたひとには、同社社長の作詞した演歌が1曲ついてくるというインセンティブを付けるというちょっとアナログな取り組みで多くの若者の支持を受けた。


2018年のいま、街中、いやオフィスにいても、ネットを利用していてもゲーミィフィケーションが溢れている。既に日本国民はゲームがなければ、消費もない、仕事もないというような状況になっている。株価が上昇しているのはゲーミィフィケーションのシステムを開発している会社ばかりだ。来春からはいよいよ慶能大学にゲーミィフィケーション学部が新設されるというニュースもあった。楽点は社内公用語を英語から日本語に戻し、今後はすべてのコミュニケーションを
ゲーミィフィケーションに変えると発表し世間を驚かせた。


なぜこんなにゲーミィフィケーションが日本を多い尽くしたのか。それは2011年までさかのぼる。当時、ソーシャルネットワークスマホが同時に普及しはじめ、クソゲーと呼ばれる単純なゲームが流行っていた。当初「子供だまし」とばかにしていた大人たちも次第に夢中になっていった。そして、これに目をつけたのが、当時の野田政権だ。「ドーンと目指せ総理大臣」という
ソーシャルゲームを開発した。一般市民から市議、国政へ、自ら政党を作り総理大臣になるという単純な内容だったが、ところが「票を買う」や「選挙事務所に置くだるま」などのアイテムが予想以上の売り上げを記録し、その年の国費の歳入減を補ってしまったのだ。政権与党であった民主党は、翌年にはゲーミン党と改名し、総選挙でも圧勝した。


野田政権には、おリからの円高も追い風だった。大打撃を受けた製造業は次第にグローバル経済からその場を追われていく。製造業からサービス業へのシフトを余儀なくされた日本経済が一途の望みをかけたのがゲーミィフィケーションソフトの開発だ。ファミコン以来培ったゲームのノウハウをあらゆる社会インフラに活用し、それを世界中に広げようという戦略的な試みだ。
野田総理がおこなった「クールジャパンからクルクルジャパンへ」という歴史的な演説が行われたのは、2013年のことだった。いまや日本は世界一のゲーミィフィケーション輸出国になり高度経済成長が再び訪れようとしていた。


政府はこのゲーミィフィケーションを活用して次のステップに進もうとしていた。それはまず租税改革だ。まずはゲームに夢中になる国民に向けて、ゲームに参加するためにはIDが必要であることを利用し、長年の念願であった国民総背番号制の導入をすることだ。次に納税自体にゲーミィフィケーションの概念を入れて、増税していないようにみせかけて実は増税しているという新しいロジックを確立しようとしていた。既に財務省は省内にゲーミィフィケーション局を設置していた。警察機関も積極的な動きを見せていた。それはゲームに参加するときには、必ず位置情報が必要になることを活用した、全国民監視システムの導入だ。国民が保有するスマホを活用することで低コストで完璧なシステムができると期待されていた。

きりがないのでやめますが、冗談ですからね。ね。そのうち怒られそうですね。怒らないでね。
@ankeiy