ぼくとアップルの小さな関係の話

人それぞれのジョブズがいる。ぼくも彼の作った会社、appleに大きな影響を受けた1人だ。でも、ぼくの場合は多くの人が語るような彼自身のカリスマ性やプロダクトに対するものではない。もっとも、ぼくも彼の生み出した製品は常に好きだった。初めて買ったパソコンQuadora650だし、マックパソコンの上で動くadobeの製品やストラタ、シェイドといった3Dソフトを使いこなすクリエイターをずっと羨望のまなざしで見てきた。iPhoneは愛用しているし、iPadは3台買ったし、iPod製品群は10個は持っているだろう。

ぼくの周りにもappleの信者が大勢いる。appleで働いていた人、Nextで働いていた人、Macの雑誌にかかわっていた人。彼らと話をするとapple製品の魅力やその上で動くソフトウェアに対する深い愛を感じた。90年初頭、Macworldという雑誌があった。その表紙のアートディレクターとよく仕事をしていた。編集部にも遊びに行った。部屋の片隅にMacintosh LC IIが置かれ、カタカタと仕事をしていた。「こいつこの画像をレンダリングするのに朝までかかる」ってみんな笑っていた。そこにはビジネスパートーとしてのパソコンに対するやっぱり愛があったと思う。
いまでこそappleジョブズの会社って感じだけど、みんなマイノリティとしてのappleが好きだった。

一度、恵比寿の床屋でカットしてくれたおにいちゃんとappleの話をしたことがあった。そのおにいちゃも信者だった。カットもそこそこに家の奥から秘蔵のapple製品を持ち出してくる。ebayで落札したというニュートン端末をうれしそうに見せてくれた。

でも、ぼくはみんなの愛とは裏腹にプロダクトとしてのappleにはあまり深い興味は持てなかった。(まあ、ぼくのパソコンの使い方としてはワープロパソコン通信くらいだからね)
ぼくが大きな影響を受けたのは、appleのCMだった。ぼくは大学3年のとき、周りのみんなが就職活動をはじめるころ、将来何をやったらいいのかまったくわからなかった。昔からサブカルとか広告とかメディアとかそういうことには興味があったので、まあとりあえず広告の仕事なんかどうだろうと思い。宣伝会議のコピーライター講座に通った。そこで、appleのCM「1984」をはじめて見た。見せてくれたのは電通の人だったと思う。はじめはよくわからなかった。でも、ジョージ・オーウェルの「1984」のこと、ブレードランナーリドリー・スコットのこと、コンピュータの世界を牛耳るIBMのこと、多くのアメリカ人がIBMにビジネス的な冷徹さを感じていたこと、そしてその巨人に立ち向かうappleという小さな会社のこと、そうしたことを知れば知るほどこのCMの持つ凄さがじわじわとぼくの中で広がっていた。プロダクトの持つメッセージ性や明確な表現コンセプト、時代の文脈をつかむことなど広告の基本となることがすべて詰まっていた。


ぼくは1997年ころ、そうジョブズappleに復帰する少し前に、appleの株を買ったことがあった。世の中ITバブルに浮かれ始めているときに、業績がさえず株価も低迷していた。appleの株がこんなに安いなんて。ただそれだけの理由で購入した。しばらくして手放したが少し損をした。直後、ジョブズappleに復帰した。マイクロソフトからも出資を受けた。iMacが発売になった。あれよあれよという出来事だった。そして新しいCMキャンペーンが始まった。あの有名な「Think Different」だ。スタートはまったく認められなかった偉人たちが、無言で「みんなと違うことを考えよう」と訴えかけた。このCMも強烈だった。


appleのことがなぜみんな好きになったのかって考えた。それは「世の中の固定観念や体制に立ち向かう革新(小さく弱いもの)」というストーリーのもつエネルギーにつきると思った。どんなに松下幸之助が名経営者だとしても彼が「市場ができあがった後に巨人として参入する」手法をとっている限り、Panasonic愛する人が生まれないのと逆にビジネスとして成功するかしないかは別として、常に弱い挑戦者でありつづけるポジションに居続けることがappleの最大の強みだった。まさにジョブズの「stay hungry stay foolish」をDNAにして成長し愛されてきた。

はっきりいうと、ジョブズはそのDNAの最後の螺旋だったのではないだろうか。それを失ったいま、これから既に巨人となってしまったビジネスで成功するapple愛する人はどれだけいるのだろうか。

1984」や「Think Different」のCMはいま何度youtubeでみても心を揺り動かされる。なぜか。
それはこのCMが「知」ではなく「情」で構成されているからだ。落語家の桂枝雀がかつて言った。「知は記憶されるが、情は記憶されない」と。appleのCMは「強いものと戦うことへの感動」という情に常に訴えかけてくるからだ。

「情」はアイディアや革新性じゃない。