その老人はソニーという名前だった

その老人は、部屋の片隅にあるソファーにどっしりと腰を下ろし、静かに話しはじめた。「昔はいい時代だったよ。何んもなかったからのう。ワシのアイディアひとつで世界が変わっていったんじゃ。」老人は深く息を吸い込んで言葉を続けた。

「ひとつめのひらめきはラジオじゃよ。そのころのラジオはまだでかくてな。部屋の中でどっしりしておった。ワシはどこでも持ち歩ける小さなラジオがあればみんなに喜ばれると思ったんじゃ。それで作ったのがこのトランジスタラジオじゃ。」といって大きな革のかばんから古ぼけたラジオを取り出した。

「次にワシが目をつけたのはテレビじゃよ。トリニトロンという技術にほれ込んでな。そのころテレビはみんなの夢だったからな。」といって何か懐かしいものを眺めるように遠くに目をやった。

「ワシの強みは技術でな。ワシは世界のデファクトスタンダードにすることに人生をかけたんじゃ。いろんな戦争にでかけっていったのう。勝ったこともあったが負けも多かったのう。しかし、楽しかった。ワシも若かった。」眉間の深い皺がこの老人の激しい人生を物語っているようだった。

「ワシの一番の思いではな。この小さなカセットレコーダーじゃ。」といって老人はウオークマンを手に取った。

「ワシはこのウオークマンで101匹目のサルを見たんじゃ。」老人は続けた。「サルっていうのはの。マネをするんじゃ。まず1匹目のサルがやり始めたことを次のサルがマネをするんじゃ。そしてな。時間をかけて100匹までマネが続くんじゃ。最後に101匹目のサルがマネをした瞬間、すべてのサルにそのマネがいきわたるんじゃ。文化になる瞬間じゃのう」老人は目を細めた。わずかに笑みを浮かべたように見えた。

そして老人はカバンの中からヘッドフォンを取り出しこういった。「このヘッドホンはのう。ノイズスキャニングといってな。外部の雑音を全部カットしてくれんのじゃ。これもワシの技術でな。ワシはこれで音楽を聴くのが好きでのう。」老人はうれしそうにヘッドフォンをつけて目を閉じた。

静かな時間が流れていた。しばらくすると部屋のドアノブが回る音がした。小さな子供がいたずらっぽい目を輝かせながら部屋に入ってきた。子供は真っ先に老人が座るソファーの横にある大きな革のカバンを見つけた。少し躊躇したようにも見えたが、老人が気づいてないのを確認すると、そのカバンを重そうに抱えて部屋を出て行ってしまった。


老人はまだノイズスキャニングされた静寂の中で大好きな音楽を聴いていた。本当は子供がバックを持ち出すところを見ていたのかもしれない。けれども老人は何も言わなかった。

老人は心の中でつぶやいた。
「新しいものはもうなくなっちまった。」


なーんちゃって。今日は天気も良いのにこんな暗い話してちゃダメですね。しかし奥さん。ひとり最高100万ドルの賠償金って、僕の個人情報も漏洩してくれないかなって思っちゃいますよw。